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【画像】山口智子の実家の老舗旅館は栃木のどこ?生い立ちが複雑!祖母や父・母との確執とは?

56歳になっても変わらぬ美貌と演技力で輝きを放っている山口智子さん。

実は実家が栃木県で有名な旅館を経営していたことで知られています。

その老舗旅館とはどこなのか?

複雑な生い立ちや、祖母、両親との確執とは?など調査しました。

山口智子の実家の旅館は栃木県のどこ?住所は?

2005年9月1日のサンスポで、栃木県栃木市にある山口智子さんの実家である「ホテル鯉保」が廃業した、と報じられました。

つまり、山口智子さんの実家の旅館は、今から15年前には廃業していたのですね。

こちらは営業していた時の画像。

山口智子 実家 旅館 ホテル鯉保
(https://ameblo.jp/pilot/entry-10004774337.html)

立派な旅館ですね。

「おかげさまで創業120年」と書かれており、明治時代から営業していた老舗旅館であったことが伺えます。

「ホテル鯉保」は山口智子さんの父・雅平さんが社長を務めていたものの、総額8億円を超える負債を抱えるなど、かなり経営難だったそう。

山口智子さんも女優の仕事をしていて旅館を継ぐ意思はなく、他に後取りもいないため、2005年5月に雅平さんが亡くなったのを機に閉館となったようです。

住所は栃木県栃木市倭町で、旅館の跡地は現在ファミリーマートになっています。

実は山口智子さんには妹さんもいるのですが、後取り問題は山口智子さんだけの肩にのしかかっていたのだとか。

それには、山口智子さんの複雑な生い立ちが関係していたのです。

山口智子の生い立ちが複雑!祖母や父、母との確執とは?

特殊な家庭環境で育ったため、「血縁」を信用していない。

「親というものになりたくない」と公言している山口智子さん。

山口智子さんにそうまで言わしめる複雑な生い立ちとはどんなものなのでしょうか?

山口智子 生い立ち 複雑 

1964年10月20日に栃木県栃木市で生まれた山口智子さん。

6歳の頃に両親が離婚し、山口智子さんと3歳年下の妹さんは、母親に引き取られ、長野県に引っ越します。

しばらく長野県に暮らしていた山口智子さんでしたが、幼い頃から遊んでくれた祖母・禮子さんのことが忘れられず、電車で2時間以上かけて栃木県に戻ってきたのだとか。

栃木県に帰ってきた年齢は明らかになっていませんが、中学校は栃木市立栃木西中学校に通っているので、小学校高学年くらいでしょうか。

小学生が1人で2時間乗りついで県をまたいで電車に乗るとは相当な覚悟ですよね。

よっぽど家に帰りたかったのでしょう。

山口智子 生い立ち 複雑

山口智子さんの思いを知った両親は、親権を父・雅平さんにうつし、それ以来母親と妹さんとは疎遠になってしまいます。

その後祖母・禮子さんを「お母さん」と呼ぶようになった山口智子さん。

しかしそのことで、幼少期から続いていた祖母・禮子さんはの山口智子さんへの「将来は旅館を継いで女将になりなさい」というプレッシャーはますます強固なものになっていったのです。

山口智子さんを跡取りにするため、山口智子さんが20歳の時、祖母・禮子さんは戸籍上の「母親」となり、山口智子さんを「養女」にしています。

山口智子 生い立ち 複雑
※イメージ

「家族の期待に応えたい」という思いがありつつも、「本当にそれが自分の進む道なのか?」長年葛藤を抱えていた山口智子さん。

旅館業は現場での実戦修行が大事だから大学に進学する必要はない!という考えの祖母は、大学受験をすることも許してくれませんでした。

そこで、推薦入学ができる大学を見つけ、「2年経ったら帰ってくるから」と祖母を説得し、家を出て青山学院女子短期大学家政学科で寮生活を始めたのです。

山口智子 青山学院女子短期大学
(https://www.asahi.com/articles/ASK7S5D55K7SUTIL03J.html)

さすが小学生の時に長野から栃木県まで1人で電車に乗り継いで帰ってきた山口智子さん、相当な覚悟と行動力ですね。

短大在学中、その美貌でモデルにスカウトされ、1986年には、藤原紀香さんや菊川怜さんも出身の、「東レキャンペーンガール」に選ばれ、スターへの一歩を踏み出します。

こちらが22歳で東レキャンペーンカールの時の山口智子さん。

健康的な美しさが眩しいですね。

山口智子 東レ キャンペーンガール
(https://www.toray.co.jp/cg/archives.html#/)

その翌年、たまたま目にしたNHK連続テレビ小説「純ちゃんの応援歌」のヒロイン役のオーディションに合格した山口智子さん。

その「純ちゃんの応援歌」で夫となる唐沢寿明さんと運命の出会いも果たしています。

たまたま応募して合格してしまう運と実力がもの凄いです。

山口智子さんも唐沢寿明さんも、初々しい!

山口智子 唐沢寿明 純ちゃんの応援歌

女優業を始めた後も、家業を継ぐことも望んでいた祖母・禮子さんを「若い時にしかできないことだから」と説得し続けたという山口智子さん。

しかし、全身全霊をかけて女優業に取り組んでいる山口智子さんの姿を見て、いつしか認めてくれるようになったと言います。

当時の山口智子さんはテレビで観ない日が無いくらいの活躍していたのは、祖母・禮子さんに認めてもらうためだったのですね。

頑張る孫の顔をテレビで見ることができて、祖母・禮子さんも嬉しかったことでしょう。

父・雅平さんは2005年に65歳で、祖母・禮子さんは2016年に96歳で亡くなっていますが、最後まで山口智子さんを応援していたのではないでしょうか。

【画像】山口智子の実家の老舗旅館は栃木のどこ?生い立ちが複雑!祖母や父・母との確執とは?まとめ

山口智子さんは

・実家の旅館「ホテル鯉保」は2005年に閉館した

・現在跡地はファミリーマートになっている

・6歳の頃両親が離婚し、母親に引き取られたが、後に父親の元に戻り、祖母の幼女となった

・旅館の女将になりたくない一心で東京に飛び出し、モデル、女優の道へ進んだ

ということがわかりました。

自分の道を自分で切り開き、運命を味方につけた山口智子さん。

今後ますます輝きを増していかれることでしょう。

この方の実家も旅館でしたね。

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